2009年7月アーカイブ

川越市立博物館で、サツマイモ展がはじまりました。9月23日(水)までですのでお見逃しなく!
子供たちの夏休みの自由研究にいかが?

 

昔、よく見られた引き売りの石焼き芋のリヤカーです。
川越のマルヒロの裏で売っていたおじさんから譲り受けたものだそうです。

あの焼き芋の匂いには引き寄せられます。冬の風物詩ですね。

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江戸時代に使われた焼き芋屋の看板です。P1010963.jpg
サツマイモの花です。サツマイモはヒルガオ科ですので、あさがおに似た花が咲きます。めったに咲きません。サツマイモの花.jpg

 

 

 

川越は蔵の街で、たくさんの蔵がありますが、東洋堂のすぐ斜め前にも重厚な蔵があります。

田口家住宅で、明治29年の建築物です。屋号を「百足屋」と称し、糸、組紐問屋を営んでいました。間口が広く袖蔵を持たない造りになっています。また、2階開口部の観音開扉は、他の蔵造りと比べ薄いが、銅板を貼り耐火性を高めているそうです。

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このポストは、今でも現役です。平日は1日に3回ほど郵便局の方が、収集にきます。

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いもせんべいのあゆみ

                     元サツマイモ資料館  館長 井上 浩

最近、サツマイモは体にいい食べ物の一つとして見直され、人気がでてきました。それででしょう、それで作ったお菓子がどっと出回るようになりました。例えば、いもようかん、いもまんじゅう、いもかいんとう、スィートポテト、いもパン、いもアイスなどで、それらは全国にあります。ただ、「いもせんべい」だけは川越にしかありません。それは川越だけの独特のいも菓子です。
明治時代は鉄道時代でもありました。川越の最初の鉄道は川越と甲武鉄道の国分寺駅とを結ぶ「川越鉄道」でした。今の西武新宿線の前身で、開通は明治28年でした、そのおかげでいろんな人が川越に来るようになりました。それを見て川越では川越らしい土産品を作ろうという機運が盛り上がりました。いろんな人がいろんなものを考えました。その中でものになったのが「いもせんべい」で、明治37~38年の日露戦争の頃現れたと言われています。
いもせんべいは最初から好評だったようで、製造元も何軒かあったようです。それがウケたわけを考えてみると考えてみるとこんなことになりましょうか。
川越いもは江戸時代から有名でした。それを菓子として使いこなしているところが、何よりもよかったようです。
いもせんべいは、使ったイモの大きさや形が人目で分かります。そこになにげない面白みが出ています。
昭和20年代まで白砂糖は高価なものでした。その貴重なものを生地に塗ることにより、駄菓子とは違う高級感を出せたこともよかったようです。

川越には今でもいもせんべいの製造元が数件あります。そこからいもせんべいを仕入れて売っている店は数え切れないほどたくさんあります。
最近の川越ではいもせんべい以外のさまざまないも菓子を作ったり、売ったりする店が激増しています。でもそういうことは下地が何も無いところでは、起こしたくても起こせるものではありません。
川越には明治のむかしから、いもせんべいを中心とするいも菓子業の伝統とノウハウがありましたそれがあったからこそ時代の動きに対応した新しいいも菓子業を興せたことを、忘れてはならないと思います。

   

月見糖きなこ風味できあがりました。
砂糖蜜にじっくり付けこんだサツマイモにヘルシーきなこをたっぷりまぶしてあります。
甘さがおさえめで、マイルドな味に仕上がっています。東洋堂オリジナルの商品です。

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1袋(200g) 520円です。

オンラインショッピングから、お買い求め下さい。
http://www.imosenbei.com/shopping/cat4/

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月見糖きなこ風味、まもなく出来上がりです。

たっぷりの砂糖蜜にじっくり漬け込んでいます。

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仕上げ段階に入っています。砂糖蜜を煮つめているところです。

7月12日(日)から販売開始です。

もうしばらく、お待ち下さい。

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7月1日、山田小学校の5年生たちが「いもせんべい」について調べに来ました。前もって調べてきたようで、説明した事について良く理解してくれてました。
そんな中で『なぜ、川越はサツマイモが有名なんですか。』という質問をうけましたのでちょっと、ここで説明いたします。
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江戸時代後期に、江戸の庶民のおやつとして、焼き芋が大変流行しました。そこで、川越は新河岸川の舟運を使って、江戸にサツマイモを送り込みました。
江戸の町民たちはみんな川越のイモをたくさん食べました。
質のすぐれていた川越のサツマイモは美味しいと評判になり、「川越いも」が有名になったというわけです。
「(九里)栗(四里)よりうまい十三里」もこの頃できた言葉ですね。
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