川越城

小江戸川越の人気観光スポットである川越城本丸御殿が
長い改修工事を終え、一般向けの公開が開始します。

3月26日(土)14:00~開始

竣工記念として
3月26日(土)~3月31日(木) ※3月28日(月)は休館日
までは無料公開を行っております。

開館時間:午前9時から午後5時まで

 

 

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当初予定されていた春まつりのオープニングイベントや川越城本丸御殿竣工式典が
東北地方太平洋沖地震を受け、中止になりました。

 

本丸御殿の周りの囲い(壁)が取り除かれ、本丸御殿全体が見えるようになりました!!

 

honmaru1.jpgいよいよ一般公開まであと少しです。
現在のところ、第22回小江戸川越春祭りの初日である3月26日(土)
「小江戸川越春まつりオープニング式典」と供に「川越城本丸御殿竣工式典」が合同開催する予定です。

式典開催に伴い、周辺では中台囃子連中演舞や川越藩火縄銃鉄砲隊出陣式、
小江戸川越太鼓組の演奏も行われ、春の訪れを華やかに祝います。

 

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新しく生まれ変わった川越城本丸御殿の公開が
今から楽しみですね!!

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修復中の川越城本丸御殿の現在の状況です。

 

本丸御殿01.jpg本丸御殿02.jpg


囲いがだいぶなくなり、見えてきました。やはり、正面玄関屋根の銅版葺きは、すでに色が変色してきているようです。

 

    本丸御殿_正面.jpg

以前「修復中の川越城本丸御殿」「本丸御殿の屋根瓦」で川越城本丸御殿の保存工事についてご紹介させていただきました。

工事の進捗状況を見てきました。

屋根には瓦が載せられ、以前は銅板を葺きまばゆい光沢をした銅板屋根が見えていました。
銅板屋根は雨にあたるとすぐ真っ黒になってしまうそうで、素屋根解体から雨が降るまでの期間限定の光沢屋根となってしまいました。

皆さんにお見せできなくて残念です。


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今は巨大な素屋根解体が終わり、ようやくフェンス越しに屋根が見えてきました。






 

 

 

 瓦が葺かれ白漆喰の修繕が行われて、屋根は真っ白です。


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桜も綺麗に咲いていて、沢山の方が修繕工事を見に来ていました。

 


完成が楽しみですね。
進捗状況、またご報告させていただきます!

◆川越城本丸御殿保存修理工事サイトはこちら

 

 

 

      

 以前「川越城の堀復元 ~川越城中ノ門堀跡~」「完成予定図に近づいてきました ~ 中ノ門堀跡 ~」で、川越城のお堀についてご紹介させていただきました。

この度、川越市による整備が4月1日にて終了いたしましたので ご紹介させていただきます。

中ノ門堀跡.jpg
3月28日(日曜)に中ノ門堀跡の完成を祝って竣工式が行われました。



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4月1日(木曜)からオープンしており、9時~17時まで見学する事が出来るそうです。

 

 

 

 



中ノ門_イメージ図.jpg




 

「完成予定イメージ図」とほとんど一緒ですね!
















 

 

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以前までは中ノ門堀跡の門をふさぐようにして民家があったので、堀の存在を知らない人が多かったと聞きます。
 

中ノ門しくみ.jpg

 

 

 

 

川越城の名残を感じることが出来る堀が整備され、こうして残された事で、城下町の風情を少しでも感じることが出来るようになりました。







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ちなみに4月1日(木曜)当日、川越市のマスコットキャラクター「ときも」がこのオープンを記念して9時~、13時30~の2回にわたり登場し、PRしていたようです。






 

川越城は日本100名城のひとつとして知られています。
一番街と本丸御殿を結ぶ中間の地点にありますので、川越にいらっしゃった際にはお立ち寄りいただけたらと思います。

 

 川越城と中ノ門堀.jpg

 


 

本丸御殿の屋根瓦

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以前、川越城 本丸御殿についてご紹介させていただきましたが、保存修理工事が始まってから約1年半となりました。

今回の本丸御殿の修理工事は、外観を維持することも重要なポイントとなっているようですが工事による変更も もちろんあります。

その一つとして屋根瓦をご紹介したいと思います

本丸御殿の大きな屋根には
なんと約2万枚の瓦が使用されていて、今回の修理に伴い約6千枚が新しい瓦に交換されています。

とはいえ、使用できる古い瓦は再利用していて、新しい瓦は外観維持を配慮して裏庭側の屋根に配置されているので、皆さんが目にする新しい本丸御殿の外観が激変することはありません。


また地元の皆さんならご存知かと思いますが、以前の本丸御殿は北側と南側
の両端で鬼瓦が異なっていました。
今回の工事で北側鬼瓦の複製品を南側にも配置されるのでこの違和感がなくなるそうです。

なぜ鬼瓦は北と南で異なっていたのでしょうか?

理由は、
建設当初 北側にのみ鬼瓦が置かれていて元々南側には鬼瓦はありませんでした。南側には鬼瓦ではなく建物(書院)が接続されていたようです。

その後この建物が解体され、南側の体裁を整えるため 明治初期に解体された本丸御殿のどこかの建物の鬼瓦が転用されたのでは?という可能性が指摘されているようです。

鬼瓦だけでなく、修理後には他の変更部分も是非とも探してみたいですね!
楽しみです


(東洋堂スタッフ:今井)




 

    中ノ門.jpg以前、『川越城の堀復元 ~川越城中ノ門堀跡~』で中ノ門堀跡についてご紹介させていただきました。

唯一残っていた川越城の堀跡整備ですが、今春には完成予定ということで見に行ってみました。中ノ門_2.jpg






完成予定図にだいぶ近づいてきました!






中ノ門堀跡入り口イメージ図.jpg






完成が楽しみですね♪



 

 

本丸御殿.jpg

 川越城は、長禄元年(1457)に、上杉持朝の命により、家臣の太田道真・道灌親子が築いたといわれています。

2007年には築城550周年をむかえ、川越市において、色々なイベントが行われました(例えば、記念メッセージ花火など、ユニークな花火が川越の夜を彩りました)。


 ちなみに、川越城本丸御殿は嘉永元年(1848年)に消失した二の丸御殿にかわって建てられました。現在は玄関・広間・家老詰所が残っています。

 

 

 

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本丸住居絵図:

幕末の本丸御殿が描かれています。青い部分が現存部分です。

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本丸御殿現況図:

現在残っている本丸御殿の間取りです。

 

 

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川越城本丸御殿は、昭和42年以来の大規模な保存修復工事をすることになりました。
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 今回の工事は川越城本丸御殿を将来にわたって残していくための重要な工事でとなっています。

工事期間中でも、
日本100名城の記念スタンプは川越市立博物館 受付に置いてあります。


修理の状況は「川越市立博物館」のホームページでも公開されています。
            
↓↓↓

http://museum.city.kawagoe.saitama.jp/hommaru/

 

川越城本丸御殿は、平成20年10月20日より、平成23年3月(予定)まで見る事ができません(休館)。

川越に観光においでの方はお気をつけ下さい。

 

 ◆ 歴代城主一覧 (豊臣秀吉の全国統一以降の城主一覧) ◆
  
  ↓

 
城主前封地在城年代移封地幕府役職等
酒井重忠三河西尾天正18~慶長6.3.3上野厩橋 
酒井忠利駿河田中慶長14.9.23~寛永4.11.14没 留守居
酒井忠勝武蔵深谷寛永4.11~寛永11.閏7.6若狭小浜老中
(のち大老)
堀田正盛 寛永12.3.1~寛永15.3.8信濃松本老中
松平信綱武蔵忍寛永16.1.5~寛文2.3.16没 老中
松平輝綱 寛文2.4.18~寛文11.12.12没  
松平信輝 寛文12.2.9~元禄7.1.7下総古河 
柳沢吉保 元禄7.1.7~宝永1.12.21甲斐府中大老格
秋元喬知甲斐谷村宝永1.12.25~正徳4.8.14没 老中
秋元喬房 正徳4.9.29~元文3.9.5没 奏者番
秋元喬求 元文3.10.28~寛保2.4.3致仕  
秋元凉朝 寛保2.4.3~明和4.閏9.15出羽山形老中
松平朝矩上野厩橋明和4.閏9.15~明和5.6.10没  
松平直恒 明和5.7.29~文化7.1.18没  
松平直温 文化7.3.14~文化13.7.23没  
松平斉典 文化13.8.27~嘉永3.1.23没  
松平典則 嘉永3.3.7~嘉永7.8.13致仕  
松平直侯 嘉永7.8.13~文久1.8.15没  
松平直克 文久1.12.6~慶応2.10上野前橋政事総裁職
松平康英陸奥棚倉慶応2.10.27~明治2.4.10致仕 老中
松平康載 明治2.4.10~明治4.7.14廃藩川越藩知事


 (東洋堂スタッフ:今井)

 

 

 

川越城_3.jpg川越には関東七名城の一つである、川越城があります。

川越城は別名、河越城、初雁城、霧隠城といわれていますが、川越市民の方は「本丸御殿」と呼ぶことの方が多いかもしれません。

長禄元年(1457年)に、扇谷上杉持朝が家臣の太田道真・道灌父子に命じ築城させたお城で、扇谷上杉氏は古河公方足利氏(しげうじ)と対立しており、足利氏に対抗する城として築かれたものです。

川越城跡には本丸御殿の一部が残っていて(本丸御殿:1848年(嘉永元年)に当時の藩主・松平斉典(まつだいら なりつね)が造営したもの。)、この本丸御殿は現在、玄関・広間部分と移築復元された家老詰所を残すのみですが川越城唯一の遺構となっていて、大変貴重です。

御殿建築が残っているのは少なく、江戸からの城郭 本丸御殿が現存している例では川越城と高知城だけだそうです。
蔵の町・川越を代表する文化財として一般公開されていますので、川越にお越しの際には是非お立ちより下さい。


ちなみに、城跡自体は1925年(大正14年)3月31日に埼玉県指定史跡となっています。


 

川越城_8.jpgところで、川越市役所から川越博物館へ向かう中ほどに、川越城の空堀が残っています。
この空堀は、明治以降に次々と川越城の空堀が姿を消す中で、唯一原形に近い形で残っている堀跡で「中ノ門堀跡」と呼ばれています。


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中ノ門堀跡」は、敵の直進を妨げるために作られた防御施設です。川越城の姿を現在に伝える貴重な遺跡であるため、現在、川越市では保存の整備工事が進められているそうです。
 


← 川越城中ノ門堀跡 
   整備工事の看板です




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  整備完了が楽しみですね

 

 

 

 

 川越にお立ちよりの際は、本丸御殿や中ノ門堀跡の観光もオススメですが、明治35年より100余年続いている東洋堂もよろしくお願いします。